外国人材の雇用を検討・実施している企業の中には、「特定技能制度での雇用に監査はあるのだろうか?」という不安や疑問を抱えている方もいらっしゃるかと思います。
技能実習制度では、監理団体による定期監査や報告義務が明確に定められていますが、特定技能制度にはそのような枠組みは設けられていないため、制度の違いに戸惑う担当者も多いのが現状です。
しかしながら、監査の実施頻度は高くない一方で、支援体制や書類の不備が発覚した場合には、行政から指導・是正を求められることもあり得ます。
特に、技能実習から特定技能に移行してきた外国人を受け入れる企業にとっては、過去の実習状況や記録の整合性が監査や調査の焦点になることもあります。
この記事では、特定技能制度における監査の実態と注意点、企業が整備すべき書類や対応体制について、実務的な視点で詳しく解説します。
特定技能と監査制度の基礎知識
「特定技能」とは、日本国内で深刻な人手不足が生じている特定産業分野において、一定の専門性や技能を持つ外国人を受け入れる制度です。
2019年に創設され、建設、介護、農業、外食業など16分野が対象となっています。
この制度は、即戦力としての活躍が期待されているため、技能実習制度のような“育成型”ではなく、“労働力確保型”の制度である点が大きな特徴です。
制度上、特定技能には技能実習制度のような監理団体が存在せず、企業が直接外国人と雇用契約を結び、必要に応じて登録支援機関に業務を委託する形になります。そのため、「定期的な監査」のような仕組みは設けられていません。
しかし、出入国在留管理庁や地方出入国在留管理局は、必要に応じて実地調査や書面による報告を求めることができる立場にあります。また、労働基準監督署や厚生労働省といった関係行政機関が、労働条件や安全衛生面について調査を行うこともあり得ます。
実際には「監査」の件数は多くありませんが、企業が制度を誤解したまま対応を怠った結果、指導や処分を受けるケースもあります。つまり、「監査されるかどうか」ではなく、「いつ見られても問題がない状態を維持する」ことが、受け入れ企業としての責任であると考えましょう。
過去の監査事例に見る注意点
特定技能に関しては、正式な「監査制度」はないものの、行政による調査・実地確認が行われた事例は少なくありません。
特に制度開始から数年が経過した今、支援の実施状況や労働環境の実態を把握するために、入国管理当局が企業を訪問するケースが報告されています。
たとえば、2022年11月には、入国管理庁の職員が複数の受入企業に出向き、特定技能外国人に対して匿名アンケートを実施した例があります。
企業への事前通知はなく、当日は労働者への聞き取りと簡単な現地確認が行われました。企業側にとっては突然の対応となり、慌てて対応資料を集めるケースもあったようです。
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また、登録支援機関を利用している場合には、3か月に一度の定期モニタリングや訪問調査が義務付けられています。このとき、支援計画の内容が形だけになっていないか、実際に支援が行われているかが厳しくチェックされます。支援内容を記録していない、または本人が支援を受けた認識がないと答えた場合、是正指導の対象となるリスクがあります。
このように、形式的な整備だけでは不十分であり、「証明できる記録」がすべての鍵となります。日頃からきちんとした業務記録と書類管理を行うことが、万一の調査時に企業を守る武器になります。
書類整備:最低限そろえるべきもの
監査や調査に備えるうえで最も重要なのが、必要な書類を正しく整備・保管することです。
特定技能外国人の受け入れにおいては、単なる労働契約にとどまらず、生活支援や相談体制に関する情報の記録・証明が求められます。
以下は、最低限そろえておくべき書類の一覧です。
技能実習生からの移行時に必要な準備
技能実習から特定技能へ移行する場合、本人の「良好修了」が前提条件となっており、これを示す証明書や記録の整合性が非常に重要です。
移行申請時には、技能実習修了証明書や評価試験の合格証明などが必要となるため、企業はこれらのコピーをしっかりと保管する必要があります。
また、技能実習中に重大な違反行為や失踪歴がある場合には、原則として特定技能に移行することができません。そのため、受入れ企業としては過去の勤務状況を正確に把握し、問題の有無を確認する必要があります。
さらに、技能実習で従事していた職種と、特定技能で就かせる予定の職種に「業務内容の連続性」があるかも重要な審査基準となります。
このように、技能実習からの移行者を受け入れる場合には、単に雇用契約を結ぶだけではなく、技能実習制度と特定技能制度の両方を十分に理解したうえでの準備が求められます。
移行後の支援体制についても再確認し、支援記録と書類の整備を一貫性のある形で行うことが信頼構築の第一歩となります。
書類不備を防ぐチェックリストと体制整備
書類の不備や記録の欠落は、調査や是正指導の大きなリスク要因になります。
こうしたトラブルを未然に防ぐために、企業内での体制整備とチェックリストの導入が非常に有効です。
まず、基本となるのは「必要書類の棚卸し」です。どの部署がどの書類を管理しているか、更新頻度はどうか、提出時に誰が責任を負うのかなど、フローを見える化しましょう。
次に、以下のようなチェックリストを定期的に確認することで、抜け漏れを防ぐことが可能です。
- 雇用契約書・就業条件の更新は完了しているか
- 支援内容の記録が月単位で整っているか
- 本人との面談記録が残っているか
- 登録支援機関との業務分担が明確か
- 書類の電子保存とバックアップ体制は整っているか
また、属人化を防ぐために、複数名で管理体制を構築することや、外部の支援機関と連携して運用チェックを行うことも効果的です。こうした日々の積み重ねが、調査対応における余裕や信頼につながります。
まとめ
特定技能制度においては、技能実習制度のような厳密な監査制度はありませんが、行政による抜き打ちの調査や支援機関によるモニタリングが実施されることがあります。
とくに、支援計画や書類に不備があると、調査対応に追われるだけでなく、企業の信頼性にも関わるリスクが生じます。
また、技能実習からの移行者に対しては、過去の就労状況や記録の一貫性などが注目されるため、入社前の準備や事前確認がより重要になります。
制度への理解が浅いまま受け入れを進めると、後に大きなトラブルに発展しかねません。
今回紹介したような書類整備や体制の構築は、「監査があるから」ではなく、「誠実な受入れを継続するため」に不可欠な対応です。
企業として、制度の理解と準備を万全にし、外国人材とともに安心して働ける環境を整えていきましょう。
・雇用契約書・就業条件明示書
労働条件を明文化したもの。必ず署名済みの最新版を用意。
・支援計画書
登録支援機関または企業が作成。実際の支援内容と照らして一貫性を保つ必要があります。
・支援実施記録
面談や生活支援、日本語指導の記録を月単位で保管。
・生活オリエンテーション実施記録
来日前・来日後に行った説明の内容と日付を記録。
・日本語学習支援・相談支援の記録
相談対応の日時、内容、相談者名などを残す。
・住居・生活環境支援に関する資料
住居の賃貸契約、交通案内、生活マニュアルなど。
・技能実習修了証明書(移行者の場合)